中華文明の源となった河南省の古都、洛陽の旅行記(その5.中国初の仏教寺院、白馬寺)

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中華文明の源となった河南省の古都、洛陽の旅行記(その5.中国初の仏教寺院、白馬寺)


(赤い石造りの白馬寺の山門。山門の前に、西域の高僧2人が経典を乗せてきた白馬の像がある。)

 

こんにちは!スマイル中国語教室のマーシーです。今週も洛陽の旅行記の続きですが、中国で初めて建立された仏教寺院の白馬寺について紹介します。

 

(白馬寺の紹介)

 

後漢の明帝がある夜に空を飛び金色に輝く人の夢を見て、それが仏陀と考え、西域(インドのほう)に使者を派遣することにした。途中で使者がインドの高僧の迦葉摩騰と竺法蘭の2人が白馬に経典、仏像を積んでいるのに出会い、懇願して洛陽で仏教を伝来してもらうことにした。明帝は苦難を厭わず、洛陽までやってきた迦葉摩騰と竺法蘭に感服し、洛陽雍門の外に白馬寺を建立して2人を住まわせ、仏教の経典を翻訳させることにした。寺の名前は経典と仏像を背中に背負い苦労した白馬の事を称え、白馬寺とした。

 


(インドから来た竺法)

 


(山門を入ったところにあるインドの2人の高僧の一人、竺法蘭の墓)

 

(旅行記)

 

 フィクションですが、北斗の拳でお馴染み、北斗神拳は、この洛陽の白馬寺で仏教徒の自衛の手段として誕生したという設定です。元々は北斗宗拳という名称だったのが、西斗月拳という拳法と出会い双方の拳法が融合する事で、経絡秘孔を突く事で敵を爆殺する北斗神拳が生まれることとなりました。北斗の拳の格闘技の要素はまったく感じませんでしたが、厳粛な仏教寺院でした。

(お前はもう死んでいる!懐かしい!)

 


(北斗七星。7つの星がありましたね)

 

 本物の白馬寺の中を歩くと中は植栽が多く、その樹木も大きく鬱蒼としていました。お堂では経を唱える大合唱が聞こえ、黄色い僧服を着たお坊さんが忙しそう広すぎる境内を掃除していました。ここの寺は躍動感があり、祈りだけではなく、皆それぞれに役割を持っていて御仏の為に修行をしているという印象を強く受けました。

 

 驚いたのは日本で弘法大師として高名な僧侶である空海の修行僧姿の像が日中有効のシンボルとして立っていたことでした。日本の仏教会が建てたのか、真言宗の寄付によって建立されたのか、わかりませんが、高名な僧侶が1000年前にこの白馬寺で修行したことに驚きました。1000年前に苦労しながらこの洛陽までたどり着いたんですね。凄い覚悟に敬服しました。日中友好の鐘もあり、日本との関係を感じさせてくれました。

 


(日本の讃岐出身の空海の銅像。中日友好30周年記念の像。遣唐使の一員として、このお寺には1000年以上前に訪問されました。)

 


境内の西側にある境内入口の重厚な牌坊

 


白馬寺山門。ここから白馬寺境内に入っていきます。

 


入口の記念碑。亀の頭が特徴的ですね。

 


天王殿。白馬寺一つ目の大殿です。.

 


天王殿に鎮座する弥勒尊像

 


天王殿の中の韋駄天将が。足が速いんでしょうね。

 


入母屋造瓦葺の大仏殿と大仏殿前に置かれた趣のある重厚な線香炉

 


線香炉の漢字の彫刻

 


大仏殿。真ん中に釈迦牟尼仏、左に普賢菩薩、右に文殊菩薩が座っています。

 


大仏堂の観音菩薩。

 


大雄宝殿。玉佛像が横になって出迎えてくれました。

 


撫でると体の悪い所がよくなるそうです。ご利益にあやかることにします。

 


漢字も芸術に見えます。

 


清涼台。2人のインド僧、迦葉摩騰と竺法蘭がここで仏典の漢訳を行った。

 


臥玉佛殿。正面に清代の盧遮那仏が納められた。盧遮那仏の脇にいるのが左、文殊菩薩。右、普賢菩薩。

 

 

 


日中友好の石碑もありました。

 


斎雲塔院。

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