西洋と東洋の文化の入り乱れたウズベキスタンの文化を受け継ぐウズベク族(何さん特別編)

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西洋と東洋の文化の入り乱れたウズベキスタンの文化を受け継ぐウズベク族(何さん特別編)

皆様、こんにちは!スマイル中国教室のミステリーハンターこと、アシスタントの何です。

 

今日は中国では新疆ウイグル自治区を中心に住むウズベク族について紹介いたします。

 

 

 

 

 古来、長安とローマを結ぶシルクロードの中央に位置し、また南北シルクロードの交点にも位置して、東西文化交流を担ってきた中央アジアにウズベキスタンはあります。

 

 

 

 

 

 紀元前のアレキサンダー大王の東征から、玄奘三蔵の弘法の道、モンゴルの征服など、多くの苦難の旅と栄枯盛衰を見てきました。

 

 

 

 

 

 春になると騎馬民族の勇壮な祭典「ブスカシ」が、大々的に行われます。周辺各地から一家総出で人々が牛車にテントを積んで集まり、「胡旋舞」に明け暮れます。 

 

 

 

 

 

 ウズベクという名は14世紀にモンゴル帝国に属したキプチャク・ハーン国がウズベク・ハンの支配のもとで国力が強大となったため、ウズベク・ハン国と呼ばれるようになり、その民もウズベク人と呼ばれるようになったことが由来のようです。元の時代からキプチャク・ハーン国のウズベク人はシルクロードに沿って新疆経由で中国内陸部にたどりつき、新疆のいくつかの町に移住するようになり、清の時代に新疆を統一してからもウズベク人の商人が日増しに増え、今に至っています。

 

 

 

 

 

 

 ウズベク族の祖先はタジク人と同様,中央アジアを中心に農耕生活を広く営んでいたイラン系の人々です。現在はウズベキスタンに2900万人以上住むほか,アフガニスタンに約 290万人,残りが近隣のアジア諸国に散在しており、中国のウズベク族は約1.4万人いると言われています。

 

 

 

 

 

 

 宗教はイスラム教のスンニー派で都市の手工業に従事したり、綿花の栽培で生計を立てていることが多いです。

 


(ウイグル族やウズベク族で食べられる抓飯。)

 


(ウズベク族の米腸子醤油で炒めた肉。)

 


(ウズベク族の、もち米団子)

 

 ウズベク人のほとんどは町に居住していたため、教育を受ける機会も多く、知識人や教師の数も多かったので新疆地区の文化に大きな貢献影響を与えてきました。

 

 

 

 

 西洋と東洋の文化の入り乱れたウズベキスタンの文化を受け継ぐウズベク族。昔からの伝統を守っている民族ですね。

 

 

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