春秋時代に魯の国の都として栄え、孔子の故郷として知られる曲阜(その3.孔子とその一族の 墓所である孔林)
皆様、こんにちは!スマイル中国語教室のマーシーです。
(孔子の墓)
先週に続き、東洋や欧州の啓蒙運動に多大な影響を与えた、儒教の創始者孔子の故郷である山東省の曲阜の旅行記です。第3回目となる今週は孔子とその一族の 墓所である孔林です。
孔林は「至聖林」とも呼ばれ、2500年以上に亘り、護られてきた孔子と十万を超える孔子の末裔が眠る孔家墓地です。「林」というのは高貴な身分であったり、聖者のお墓にがつけられていたものでした。
総面積は約2?、墓道は約1.3kmもあり、ひとつの家系が葬られた墓地としては世界最古、最大の規模を誇ります。墓所には高い木々で覆われ、自然植物園のようです。
敷地内は広く、一周5キロを電動カートで周ります。ちょくちょく停まってくれますが、メインの孔子のお墓は最後となります。孔子のお墓は丸い円墳の前に継ぎはぎの石位牌があります。これは文革で砕かれたためですが、その後、人々の力で補修して蘇ったとのことです。
日本の教科書にも出てくる今から2600年くらい前の聖人がここに眠ると考えると感慨深いものがありますね。
(孔林入口。)
(孔林の参道)
(参道への門)
(参道門)
(孔林の参道)
(孔林の参道)
(参道門)
(孔子を始めとする一族の墓郡。総面積200m2の広大な敷地の中に墓石がない小山の墓もあわせると10万人以上が埋葬されたといわれる。)
(墓石がない小山墓郡。)
(孔子を始めとする一族の墓郡。墓石がない小山の墓もあわせると10万人以上が埋葬されたといわれる。)
(孔子を始めとする一族の墓郡。墓石がない小山の墓もあわせると10万人以上が埋葬されたといわれる。)
(孔家第76代目墓。皇帝と同じく聖獣、文帝、武帝がある参道があり、皇帝の先生として人々に敬われていたことがわかる。)
(孔家第76代目墓。皇帝と同じく聖獣、文帝、武帝がある参道があり、皇帝の先生として人々に敬われていたことがわかる。)
((孔家第76代目墓。)
(孔家の墓。皇帝と同じく聖獣、文帝、武帝がある参道があり、皇帝の先生として人々に敬われていたことがわかる。)
(孔家の墓。皇帝と同じく聖獣、文帝、武帝がある参道があり、皇帝の先生として人々に敬われていたことがわかる。)
(孔家の墓。皇帝と同じく聖獣、文帝、武帝がある参道があり、皇帝の先生として人々に敬われていたことがわかる。)
(孔子の墓入口。)
(孔子の墓入口。)
(孔子の墓入口。)
(孔子の墓入口門。)
(孔子の墓入口参道。)
(孔子の墓入口参道の聖獣の豹。本来は怖い動物だが、講師の教えで顔が穏やかになっている。)
(孔子の墓入口参道の文帝と武帝。)
(孔子の墓入口の武帝。剣を持っている。)
(孔子の墓入口参道の文帝。扇子を持っている。)
(孔子の墓入口参道の裁判をつかさどる聖獣。間違ったことを言うと後頭部にある角が立つといわれる。)
(孔子の墓入口参道の樹木。)
(裁判をつかさどる聖獣の後頭部。間違ったことを言うと後頭部にある角が立つといわれる。)
(孔子の弟子の子貢が植林したといわれる木。)
(孔子の弟子の子貢が植林したといわれる木。)
(孔子の墓への道。)
(孔子の墓。)
(;孔子の墓。)
(孔子の弟子の子貢が講師の墓を6年間守った場所にできた子貢庵。)
(孔子の息子の墓。)
(孔子の孫の墓。)
(孔子の孫の墓。)