三国の呉や六朝・明・中華民国などの都として栄えた南京(その3.科挙試験が行われた夫子廟(江南貢院))
皆様、こんにちは!スマイル中国語教室のマーシーです。
今週も先週に続き、南京の旅行記をお伝えいたします。第1、2と暗いスポットでしたので第3回目となる今週は少し趣を変えまして、科挙試験が行われた夫子廟(江南貢院)です。
(南京中心部を流れる秦淮河)
(南京中心部を流れる秦淮河)
(秦淮河の説明)
(南京中心部を流れる秦淮河)
(秦淮河ほとりに刻まれた科挙合格者。)
(秦淮河ほとりに刻まれた科挙合格者。)
(秦淮河ほとりに刻まれた科挙合格者。)
(秦淮河ほとりに刻まれた科挙合格者。)
(秦淮河ほとりに刻まれた科挙合格者。)
(秦淮河ほとりに刻まれた科挙合格者。)
(試験場付近。)
(試験場付近。)
夫子廟(江南貢院)は、かつて中国封建社会最大の科挙試験場であり、800年以上に亘る歴史があります。元来は1168年(乾道4年)、宋朝により建築された科挙の試験場であり、最盛期には中国最大の科挙試験場となりました。科挙受験学生舎も20644人も収容できたと言われています。ここから輩出された官人としては唐伯虎、鄭板橋、呉敬梓、施耐庵、 翁同?、呉承恩、李鴻章などがいます。
(試験場付近。)
(試験場付近にある科挙合格者でも有名な人の像。)
(試験場付近にある科挙合格者でも有名な人の像。)
(試験場付近にある科挙合格者でも有名な人の像。)
現在の夫子廟には当時の科挙試験場の大規模のものではありませんが、廟に入ると正面に科協試験に合格し、中国で名声を挙げた面々の銅像が鎮座しています。
(試験場付近にある科挙合格者でも有名な人の像。)
(試験場付近にある科挙合格者でも有名な人の像。)
(試験場付近にある科挙合格者でも有名な人の像。)
現在科挙制度についての博物館になっており、科挙制度史の総合展示が行われています。試験場である「号舎」には人形を利用した当時の試験会場を再現した展示があります。この左右に小さく板で仕切られ隣りと遮断され見えない部屋で仕切られた当時の科挙試験場が並んでいます。現在は各部屋が前面ガラスで仕切られて展示されています。
中庭には当時の受験生の息抜きとして使われたと思われる石造りのテーブル・椅子が設置されていました。
(出身地域ごとの合格者数)
左室には『名人与江南貢院』名士が列挙されており、唐寅,呉承恩,鄭板橋,呉敬梓,袁枚,林則徐,曾国藩,李鴻章,陳独秀,達の当時使用した遺品が展示されており興味深いです。
この横に流れる秦淮河の風景は美しく、古都南京の情緒に耽ることもできるのです。
(試験場の外。ウサギが売られています。)
(試験場の外。ヒヨコが売られています。)
(試験場の外。犬が売られています。)