街すべてが明清時代のまま残る古代都市、山西省の平遥古城
こんにちは!こんにちは!スマイル中国語教室のマーシーです。肌寒くなってきましたね。
今回は街すべてが明清時代のまま残る世界遺産の古代都市、山西省の平遥古城に行ってきましたのでレポートします。街中もグルメも見どころいっぱいで写真も多くなってしまいました!
(平遥古城紹介)
西周時代の土城を基に明時代の西暦1370年に改修された古城。北と南に門が一つずつ、東と西に門が2つずつあり、城門の位置と形が亀に似ているため亀城とも呼ばれる。
城壁だけでなく、400を越す一般庶民宅、道路、そして当時の歴史的建築物が明清時代のまま残されている現代中国でも珍しい城壁都市。1997年にユネスコの世界遺産に登録された。
(感想)
山西省の平遥空港に到着し、空港を降りると夕方で気温はすでに-8℃で、いきなり寒さが襲ってきました。
夜に到着し、さっそく城内を歩くと街灯がほとんどなく、3m先がまったく見えないため、暗すぎてどこを歩いているのかが分からず。中国は街灯が少ない傾向はあるのですが、ここは本当に真っ暗で怖かったです。
平遥古城のメインストリート以外はまったく電球がなく、静寂の闇が街中に広がっていました。外の食堂で食事しましたが、飲食店の中も薄暗くてせっかくの山西料理の麺類も見えない有様でした。
食事を済ませ、ホテルへ戻る時も200m程歩きましたが、道幅が3mほどで、かつ道が入り組んでいて瞳を凝らしても先がよく見えません。ホテルの部屋も明るくなく、結局夜は街に何があるのか見当もつかない状態でした。
中国は治安がいいとはいえ、不安を感じ、旅行中のいつもの夜散歩はやめ、朝早く起きて散歩することにしました。
朝、6時30分に−10℃の気温の中、外に出ても薄ら明かりにもかかわらず、よく見えません。7時くらいになってようやく明るくなると城の中が徐々に見えてきました。
明るくなるとようやくわかってきたのですが、街中の建物の色がほとんど灰色一色で派手な色がなく、夜になると灯りがないこともあって、まったく見えなくなっていたのです。
昔の大地の子、キョンシー映画で見たような街並み。城壁だけでなく、民家、道まで完璧に残っていて、昔の中国の生活の様子がよくわかりました。
日本の城壁は城だけ囲われていると異なり、中国の古代都市は民家も含めた街すべてを城壁に囲われていました。そのため現在でも都市=CITYのことを中国語で城市といいます。 しかし文化大革命のころ、歴史関係の古い文物、建築物に加え、城壁も多く壊されました。 現在、城壁が奇跡的に残っているのは中国4大城壁と呼ばれる西安、ケイ州、南京、そしてこの平遥だけです。その中でも城壁だけでなく、街全体が完璧に残っているのは平遥だけで中国でも珍しいです。
城壁を歩いているとそれが灰色で各家から煙が上がっていました。これは防寒のため練炭を使い、暖めた空気を家中に配管で送ることで、家を暖める、古来中国よりからある「オンドル」を現代でもほとんどの家で使用しているためです。そのため平遥の街中の民家からオンドルで温まった石炭の汚い空気が煙突から煙が出ていて、山西省の大気汚染が進んでいることも重なり、一日中、晴れていても、埃っぽく空もよどんでいました。
山西省は面類で有名です。旅行中、手で1cmくらいにちぎった面にトマトを入れた面や、太さ3cm位ある面にねぎを混ぜた面、マカロニのようなものにソースを入れた面、刀のような面などさまざまな面があり、面白かったです。
不思議な魅力を持ったすばらしい街であると思いました。個人的には夜暗いことがこんなに不便で怖いことだと思い知らされましたが、昔の人もこんな暗さで暮らしていたんでしょうね。
平遥市楼の2階からの眺めです。高さ15mの壮大な街のシンボル。
平遥市楼の階段です。
平遥市楼を夜眺めても美しい!!
平遥城壁北門入口 6.4kmに渡る世界遺産にも登録された城壁。
平遥城壁。門から入ってきた敵に上から槍などで攻撃したところ
平遥城壁を歩く。残念ながら空気の汚染で、晴れにもかかわらず、空がかすんでいます。
平遥城壁の東門への曲がり角。.
平遥城壁の西門(北側)。
平遥街中。朝日でようやく少し見えてきました。
平遥街中。街中を人力車で観光してます。九龍壁。
平遥街中の夜。このメインストリートは明るいですが、他は暗くて怖いです。
平遥の名家、冀氏の末裔。
山西料理、冠雲牛肉。牛肉の燻製
山西料理、マカロニ風にソース味をつけてピリ辛面。なかなかおいしいです。
山西料理、ちぎり面。トマトと絶妙な組み合わせです。
山西料理、醤梅肉。パンにはさんで食べます。濃厚です!
山西料理、ジャガイモとピーマンの細切り油炒め。
平遥名物料理、きな粉団子。