西湖のほとりにたたずむ歴史の街、杭州(その7 仙霊の住むパワースポット、霊隠寺)

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西湖のほとりにたたずむ歴史の街、杭州(その7 仙霊の住むパワースポット、霊隠寺)

こんにちは!スマイル中国語教室のマーシーです。

 

 今週も杭州旅行記で第7回目。仙霊の住むパワースポット、霊隠寺について紹介いたします。

 

 霊隠寺は中国禅宗五山十刹の一つであり、「雲林寺」とも呼ばれます。326年にインドの高僧、慧理がこの山は天竺の霊鷲山が飛来してきたと感じ、ここに寺を建てたという伝説があります。そのため寺の前の山は飛来峰と呼ばれています。杭州では最も古い寺院です。霊隠という名前は、周囲の山々が仙霊の棲む所のように感じられたため、付けられたと言われています。

 

 霊隠寺の前にある飛来峰は石灰岩(せっかいがん)でできた高さ168メートルの山で、山頂には五代から元代までの石像石仏彫刻が300余り散在しています。

 

 緑に囲まれた中に大小様々な石像石仏彫刻が300余りが浮き上がり、なんとも幻想的な世界を演出していました。伝説の多い杭州らしく幻想的でパワーを感じられる場所でした。

 

 また次週も杭州旅行記を続けます。よろしくお願いします。

 


(布袋弥勒像は冷泉渓の南側にあり、弥勒は腹と胸を出し、笑顔で人々を眺め、落ち着いて座っている。両側に十八羅漢がある。弥勒は片手で布袋を押しながら、片手で数珠を持ちニコニコと笑っている。)

 


(照壁は霊隠寺の山門口で霊隠と天竺の分かれ道となる場所。清の時代に造られ、壁が黄色で、瓦が赤で非常に優雅。咫尺は非常に近い距離、西天は極楽世界と言われている。つまり「咫尺西天」とは極楽世界との距離がすぐ近くであるということを意味する。)

 


(連日大変多くの人が訪れます。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


(青林洞。虎の口によく似ているところから「虎洞窟」とも呼ばれる。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


(玉乳洞。震旦六祖及び二人の供養人の像が彫刻されている。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


(青林洞。その形が虎の口によく似ているところから「虎洞窟」とも呼ばれる。青林洞の三体の石仏像は華厳三聖。)

 

 

 

 

 


(竜泓洞。入口の右側には、佛教の史実を題材とするレリーフが並んでいる。白馬が経書をになう物語、玄奘三蔵が経典を求める物語、朱世行が経典を求める物語などが描かれている。)

 

 

 


(理公塔。慧理和尚の骨灰埋葬の地。慧理和尚は東晋の咸和元年(326年)に、霊隠寺を開いたインド僧。)

 


(飛来峰のふもとの渓谷の崖にたくさんの石仏が彫ってある。五代十国の呉越時代から元の時代まで、約340の磨崖仏があるという。元代の彫塑。チベット族やモンゴル族の特色もある)。

 

 

 


(北宋の彫塑。青林洞の南口の岩壁には、乾興元年(1022年)の「毘盧遮那仏会」という浮き彫りが並んでいる。)

 


(布袋弥勒像は冷泉渓の南側にある。弥勒は腹と胸を出し、笑顔で人々を眺め、落ち着いて座っています。両側に十八羅漢がある。弥勒は片手で布袋を押しながら、片手で数珠を持ちニコニコと笑っている。)

 


(飛来峰のふもとの渓谷の崖にたくさんの石仏が彫ってある。五代十国の呉越時代から元の時代まで、約340の磨崖仏があるという。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


(天王殿の第一境内の殿堂。天王殿は北に位置しており、南に飛来峰がある。)

 


(天王殿の弥勒菩薩。胸を出し、笑顔で蒲団の上に座っている。)

 


(天王殿の弥勒菩薩の背面の韋駄天菩薩。くすのきで作られ、高さ約2.5メートルある。南宋時代に造られたもの。)

 


(天王殿の東西南北の位置の4大金剛像。白色の東方天王は提多羅?という名で国土を守り、帝?天の主楽神です。琵琶を手に持ちながら、諸の神将を率いて東勝神洲(とうしょうしんしゅう)の人々を守る。緑色の北方天王は毘沙門という名で、多聞で大きな福コ(幸福な運命と徳の行いがあり、人々の財産を護持することを司る。右手と左手にそれぞれ傘や銀の鼠を持って北?蘆洲の人々を守る。)

 


(天王殿の東西南北の位置の4大金剛像。南瞻部洲赤色の西方天王は毘留博叉という名で、淨眼(きれいですんだ目)を以って手に竜が巻きついており、諸竜を率いて西牛貨洲の人々の護持を司どる。奥の南方天王は毘?陀迦という名で、人々に善根(善を行おうとする心根)を増長させることを司る。剣を手に持ち、諸(もろもろ)の神将を率いて南瞻部洲の人々を守る。)

 


(大雄宝殿。この殿堂は唐代の単層歇山重檐式の伝統的な手法を取り入れた建物。また、色彩は朱色及び光沢を持つ深緑を基調としている。「二匹の竜が珠を奪い合う」屋根と、空へ飛び出している軒が全体を広い感じとしている。屋根は瓦で飾られ、窓の切り紙、斗拱、天に舞う神霊たちの浮き彫りや天井には雲や竜の絵がある。)

 


(大雄宝殿。)

 


(大雄宝殿の釈迦牟尼佛。24本のくすのきでできたもので、くすのきの木彫りの坐像としては中国で最大のもの。仏像の頭はすこし前に傾き、目は前を凝視している。左手は足の上に置き、右手は上に向かって説法をしている。)

 


(大雄宝殿。釈迦牟尼佛の両サイドに 法器・兵器を持つ二十諸天。)

 


(大雄宝殿。釈迦牟尼佛の背ろの十二円覚菩薩。殿内にこのように十二円覚菩薩の彫像が祀られているのは、他の中国の佛教寺院になく、霊隠寺独特のもの。)

 


(大雄宝殿。釈迦牟尼佛の背面の財善童子が観音菩薩を拝む仏像がある。この壁の群像は仏教の『華厳経』を典故としている。善財童子が南へ遊学し、五十三人もの有名な師匠を訪問した話。天、地、海の三層に分かれ、一番上はやつれてやせた死ぬ前の釈迦牟尼佛が雪山で生命を惜しまず修行していた様子。中央にある麒麟の上に座っている金身像は地蔵菩薩。一番下は、足が?魚の頭を踏み、手が浄水瓶を持つ、観音菩薩。)

 


(薬師殿。1993年に再建されたもの。霊隠寺の三境内にあり、本殿は二重軒入母屋造。)

 


(両手でお線香を持ち頭の上にかざして、二拝三拝する。)

 


(薬師殿の薬師瑠璃光如来。左に日光菩薩、右に月光菩薩。東方浄瑠璃世界の教主。東方浄瑠璃世界はあらゆるものが明るく清浄で、三悪道もなく、西方極楽世界のように荘厳。)

 

 

 

 

 

 

 


(五百羅漢堂内部の羅漢達。羅漢は、サンスクリット語の「阿羅漢」の略で、「殺賊」、「応供」、「不生」の三つの意味用法があり、仏教の声聞乗の聖人。)

 


(五百羅漢堂内部の羅漢達。羅漢堂の中には、青銅の羅漢の座像が500体あり、全て?青銅で鋳造で造られたもの。姿がそれぞれ異なる。)

 


(五百羅漢堂中央部の四大名山銅殿。五台山の文殊菩薩、峨眉山の普賢菩薩、普陀山の観音菩薩、九華山の地蔵菩薩を祀っている。)

 


(五百羅漢堂内部の羅漢達。)

 


(経幢。北宋の開宝(かいほう)二年(969年)に造られ、もともとは呉越王のお廟である奉先寺に置かれていたが、そのお寺が焼失し、景佑二年(1053年)に、霊隠寺の延珊方丈によって霊隠寺へ移された。経幢はもとは中国古代の朝廷の儀式や祭礼に使われた旗で、竿の上に絹織物をつけて作ったもの。インド佛教が中国へ伝わって以来、石柱にお経または仏像を刻むことで経幢と呼ばれるようになった。)

 

 

 

 


(魚楽園。魚が豊富。)

 


(魚楽園。大きな鯉。)

 


(魚楽園。大きな淡水魚。)

 


(魚楽園。髭の長いナマズ。)

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